Hitotsubashi Outing Case
in 2015
一橋アウティング事件を語り継ぐ
Lineup
裁判資料①一橋大学ハラスメント相談室当時担当員Dの陳述書(要点)
・相談員Dは2014年4月から2015年11月まで週2日の非常勤で専門相談員を務めた。産業カウンセラー、精神保健福祉士、社会福祉士、認定キャリアコンサルタントの資格を有している 。
・相談者から対策委員会への申し立て希望がある場合、相談者は申し立ての書類を作成し提出する必要がある。相談員は書類について相談も受けながら申し立て書類作成のサポートをする。その際は、専門相談員→ハラスメント対策委員会→(受理)→調査委員という流れで事情聴取が行われ、対策委員が措置を決定する。
・ハラスメント相談室の専門相談員は、対策委員会の判断の前に、相手方や関係者にコンタクトはしないようにと大学側から指示を受けている。
・初回面談内容(2015年7月27日):①バイセクシャルであること、②SNSで暴露されたこと、③告白を断られていたこと、④期末試験についてはロースクールのB教授に相談し、診断書をもらい、再試験を受ける方針になっていること、⑤体調不良があり、安定剤が必要で、心療内科に通院していること、⑥クラス移動も可能だが、なぜ自分が移らなくてはいけないのか疑問であること、⑦Zは責任を認めていないが納得できないこと
・第2回目面談内容(2015年8月3日):①再試験を受けることになったこと、②民事模擬裁判がこの日にあったが、Z被告に対するストレスで外に行って吐いてしまったこと、③対策委員会へ措置の申し出をしようと思うこと、④弁護士に相談してみたところ、アウティングで大学側の何らかの措置が必要なレベルであること、⑤申立書に記載する内容は迷っていること
・第3回目面談内容(2015年8月10日):①親には詳しいことは言っていないが、訴訟を検討していること、②体調がよくない時は抗うつ剤を服用していること、③しばらく実家に帰ること
→保健センターから一般情報として入手していた、同性愛に関する悩みについての相談対応等を行なっている性同一性障害のクリニックについて情報提供したところ、行ってみたいとのことであった。その時点での体調不良についても配慮してもらいながら相談できる機関ということも考慮しての情報提供であった。
裁判資料②保健センター大学医Cによる「2015年8月24日学生死亡事故に関する報告」(要点)
・10時頃、教室にいた学生Aの具合が悪そうだったため、職員が彼を保健センターに連れてきた。来る前に、所持していた抗不安薬を1錠服薬していた。
・所持薬を確認。処方された薬は抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入剤であった。
・職員から、今日の講義(模擬裁判)に出席しないと単位がもらえない、出ない方が良いと思う、学校医に一筆書いてもらいたい、書いてもらってどうなるかはわからない、という話があった。
・11時ごろ、Aが看護師に、ハラスメント相談室相談員との約束があったと話したので、看護師がハラスメント相談室相談員に連絡して保健センターまで来てもらった。
・LGBT専門クリニックに関してはAはすでに知っており、9月に行くつもりだと述べた(補足資料①)。
・午後の講義について、無理しない方が良いと伝え、欠席するなら意見書を出すことができると伝えた。Aは「どうしても出たいんです。今日はそのために来たんです」と述べた。
・講義開始まで30分ほどあった。昼食を取るように勧めると、さっと支度して休養室を出た。5分ほどでパンを手にして保健センターに戻ると、休養室には戻らず、出口に近いオープンスペースで椅子に腰掛け、パンを食べ始めた。「どうですか」「大丈夫」と声をかけたところ、 Aは静かに頷いた。パンを食べた後、「(講義に」やっぱり行きますか」と聞くと、「はい」「もう大丈夫です」と述べて、抗不安薬を1錠服用した。
・ Aに「看護師さんに一緒に行ってもらいましょうか」と聞いたが「いえ、いいです」と断られた。午後の講義の時間について聞くと、 Aは「14時15分から18時まで」と答えた。休憩時間がはっきりしなかったので、Aに「何かあればいつでも戻ってきてね」と伝えた。連絡先を伝えるために保健センターの案内(診断スケジュール、電話番号、メールアドレス)を手渡した。Aはそれを受け取り、「母が心配して明日上京するので会ってください」といった。「わかりました」と承知した。
・15時過ぎ、事故の連絡があり、看護師とともに現場に向かった。
裁判資料③被告代理人斎藤拓生、門間久美子答弁書(平成28年7月29日、東京地裁)(要点)
・原告らのZ被告に対する請求の棄却、および訴訟費用は原告らの負担とすることを求める。また、判決並びに仮執行免脱を求める。
1)請求の原因に対する認否
・Aが同性愛者であったこと、Aにとって同性愛者であることは、他人に知られたくない私生活上の秘密であったことは認める。
・AとZ被告がロースクールの同級生であったことは認めるが、毎日のように一緒に食事をしていたという主張は否認する。
・Z被告にとっては突然恋愛感情を告白されたことはZ被告にとって大きなショックであり、Aの告白が真実のことなのか、あるいは冗談で言っているのか疑心暗鬼であった。
・AがZ被告に告白をした際、AはZ被告に自分が同性愛者であることを第三者に明らかにして良いと言っていなかったことは認めるが、AからZ被告に対し、自分が同性愛者であることを誰にも言わないでほしいという話は出ていない。
・Aは「告白するときに、その人から拒絶され、暴露されることも覚悟していた」と述べている。
・Aの精神的苦痛の内容は「アウティングされてしまい、どうしようという気持ちや、恨みに思う気持ち、悲しいと思う気持ち、助けてくれる周りの人に申し訳ないと思う気持ち、両親に打ち明けられないという苦しみでごちゃごちゃになってしまうという心境。」であって、本件アウティングにより秘密を暴露されたことがAの精神的苦痛の内容ではない。本件アウティングと精神的苦痛の間に因果性は認められない。
2)Xとのやりとりに関して
・Xへの相談に関して2015年4月4日、Xに対して他言しないことを約束してもらった上で、AからZ被告が告白されたことを伝えた。
・Z被告がAの告白をXに告げた理由は、Xが以前からAを「ゲイ」と言ってからかっていたので、それを止めさせるためである。Z被告はXに「本人はイマイチ受け止めきれていなくてよくわからない状況。俺に昨日告白するまで一人で悩んでいたらしい・・・Aは悩んでいるし、いじるようなことでもないからいじるのはやめてやって欲しい。それを忠告しようと思ってお前にも言おうと思った」と伝えた。
・Xは「了解した」「俺に積極的にできることは何もなさそうだ。告白したことを後悔させることだけはしないように積極的にできることをやるしかないな」とZ被告に返事をした。以後XはAをゲイなどと言ってからかったりしなくなった。
裁判資料④ハラスメント相談室での提出書類(2015/8/8)で記入されたAの当時の精神状況(一部加工)
1)気持ち
毎日が苦痛です。アウティングされてしまい、どうしようという気持ちや、恨みに思う気持ち、悲しいと思う気持ち、助けてくれる周りの人に申し訳ないと思う気持ち、両親に打ち明けられないという苦しみでごちゃごちゃになってしまうという心境。
2)影響、不利益
通常通り学校へ行き勉強することができず、期末試験を受けることができませんでした。■■(Z被告)とは同じクラスなので、同じクラスで声を聞き、姿を見ると吐いてしまいます。病院ではちり紙添付の抗うつ剤、安定剤、睡眠薬を処方されています。勉強が手につかず夜眠ることができない日々が続いています。
3)ハラスメント行為の時にどのような対応を取りましたか
アウティング時には、憲法のテストの直前で絶望的な気分にはなりましたが、惚けることしかできず、[メッセージ]と返信せざるをえませんでした。憲法のテストが終わった後、自分が両性愛者であることを暴露された友人のうち一人に話したところ、他の友人三人はすでに■■(Z被告)から私が両性愛者であることを伝えられ知っていました。
4)相手の行為をあなたがハラスメントと考える理由はなんですか?
私は限られた人にしか自分が両性愛者であることを伝えていませんでした。どうしても誰にも本当は知られたくない事項を自分の意思を無視して広められてしまい耐え難い苦痛を感じるからです。私のプライバシーが侵害された状態です。
裁判資料⑤原告準備書面
1)事件の経緯
一橋ロースクールは、少人数のクラス制であり、単位認定が厳格である。そのため、Aは体調が悪い中でも通っていた。だから、(少しでも学業の負担を減らすために)前期試験終了から8月24日の刑事模擬裁判までの間に、ロースクールの教授やハラスメント相談室への申し立てをした。しかし、大学の教授もハラスメント相談室自信の内面の改善で克服し解決するしかないという対応をした。心身の不調のなかにもかかわらず、自身での解決を強いられた。
周囲は、具体的な手をさしのべず、人間関係の再構築の援助もしなかった。ロースクール教授も、ハラスメント相談室も、アウティングの本質的な被害を見落とし、放置した。事件当日、保険センターの大学医Cは、深々の不調が生命の危険を脅かすことを想定しながらも、授業に向かわせた。
大学側の「人知の及ぶものではない」という主張は、「同性愛なだから他人を頼るな」「同性愛なんだから自分で自分の後始末をつけろ」というものであり、「同性愛は普通じゃない」「同性愛は恥ずかしいこと」と決めつける差別と同じである。原告らは、「僕はなにも恥ずかしいこと・行動をしていません」というAの問いかけを引き継いで、彼の命を救うことができたのにそれを怠った大学の責任を問うべく、本件訴訟を提起した。
2)被告個人の本件アウティング事件が不法行為であること
同性愛者に対するアウティングが一般的に不法行為であるとし、被告個人のアウティングも不法行為であるとした。
現在の日本では人の性的指向は原則として異性愛であるとの決めつけがある。だから同性愛など異性愛ではない性的指向の者は社会の「例外」、「異端」と扱われ、その結果差別にさらされたり、「例外」「異端」といった決めつけに曝される。それらは精神的苦痛を与えるものであり、そのため、あたかも異性愛であるかのようにふるまう。異性愛でない性的指向の者で、かつそれを隠して社会生活を送っているものにとって、自分の性的指向は、人に知られたくない秘匿すべきプライバシー情報である。性的指向を隠すことは、異性愛でない性的指向に対する差別や偏見そして決めつけから身を守ることであり、秘匿することそのものに法律上保護される人格的利益が認められる。そのため、当人の了承なくその秘匿を破り、当人の性的指向を暴露することは、性的指向を隠しているもののプライバシーに関する人格的利益を損なうものであり、不法行為に当たる。
また、性的指向を隠して社会生活を送るものは、「異性愛であるかのような」社会的人格設定のもとで周囲の人間関係を構築している。ゆえにアウティングのは一方的な情報の暴露により、当人がそれまで性的指向を隠していることを是体に構築した人間関係を破壊し、その再構築や変容を強制するものである。社会生活において構築された安全な人間関係の維持は、法律上保護される人格的利益である。そのような意味でも、不法行為にある。
3)被告人(Z)本人の意見に沿ってもアウティングであること
Aは、自分自身が同性愛者であることを積極的に開示することなく生活しており、できるだけ秘匿したいと考えていた(南先生へのラインより)。性的指向は一般に秘匿する権利が認められるプライバシー情報であり、それが秘匿され続けることは平穏な社会生活を送る人格的利益の一部である。被告本人のアウティングはかかる両者の侵害に当たる。
また、Aは告白のあと、Z被告とのLINEで「キモイと思うんだけど悲しいけどすげー嬉しかったm(_ _)m」」と送っている。自分自身が同性愛者であることが差別的にみられることを前提とした卑下する表現に対し、Z被告は「全然キモいことはないよ」と返している。かかる発言から、Aの性的指向を暴露するがAのプライバシー侵害に当たることだけでなく、他人から差別されるかもしれないというAの緊張も知っていたと考えられ。そのうえでアウティングに及んだのには故意があったといえる。
さらに、Z被告は「はっきり(Aにやめてほしいと)伝えれば傷つけることになる」と発言していたが、それこそ思い込みである。AはZ被告に対し、信頼を寄せていた。そのため、傷つけることになったという事実を裏づける証拠はない。「交際を断ったにもかかわらず、男子学生が食事に誘ってくるなどしたため、精神的に追い詰められた。本人を避けるためには、自分が友人から距離を置かざるを得ず、苦境から逃れるには、仲間内で男子学生が同性愛者だと暴露するしか手段がなかった」との意見に対しては、被告人本人の差別感情が表れていると考えられる。Aが「同性愛者であること」の一点に問題があると決めつけではないのか。
4)Aが告白後Z被告に対して行った行為について
原告側は「友人関係の範疇に納まる関りであり、Aの行動は何ら変わりない」と考える。
5)大学の配慮義務違反(①B教授、②ハラスメント相談室、③保健センター、④法科大学院の配慮義務違反を主張)
B教授の義務違反に関して、Aは被害後、法科大学院教授であるB教授に対し、何度かメールでやり取りを重ねたり面談をしたりと相談を持ちかけていた。もっとも、以下の3点から B教授の対応は教育環境配慮義務に反するといえる。
①アウティングの問題を理解せず、個人の問題と考えたこと
②クラスを替えさせなかったこと→(そもそも被害者たるAの負担で、A自身にクラス替えをするよう提言していた)
③ハラスメント相談室に問題の解決を丸投げしたこと→ロースクールとして積極的な介入はしなかった
6)ハラスメント相談室の体制及び相談員Dの義務違反
そもそも被告大学は、ハラスメント相談室の体制を大学として求められる水準に整えておらず、その事自体が、教育環境配慮義務に違反する。担当職員は、精神保健福祉士や社会福祉士の資格を有していた。もっとも、かかる二つの役割は、弁護士や臨床心理士のように、事実確認やカウンセリングといった被害者に寄り添ったヒアリングをする専門員というわけではない。そうであるにもかかわらず、「精神」「福祉」問観点だけで専門性を判断し、一人に専門相談員を担わせるのは浅慮ではなかったのか。
また、そのような体制の中で行われた相談員によるAへの対応は、相談員D自身が専門相談員でありながら、専門性を有さず、同性愛やアウティングについての無知や偏見を有しており、それに基づき、ハラスメント委員会への申し立てを阻害したり、適正な情報を与えないばかりか、謝った情報を与え、また事態の重大さにきづかず法科大学院等他の期間と連携をとった対応をすることも一切しないというものであった。このような一連の対応こそが、Aに無力感や自己否定感を抱かせ、追い込むことになった。これらは教育環境配慮義務に反する。
7)保健センターの義務違反、法科大学院の義務違反
8月24日、Aは午前の授業中にパニック発作を起こし、ロースクール職員と共に、大学の保健センターへ向かった。保健センターの大学医C・看護師らは法科大学院、Aから事情を聞く。8月上旬、「模擬裁判を休んだ人は今までにいない。卒業できないかもしれない」という説明を受けていたAの強い希望もあり、午後にある刑事の「模擬裁判」授業に出席することになった。Aが授業に戻ることで再びパニックを起こす危険性を危惧した保健センターは看護師を付き添わせるようAに提案するが、Aが断ったため、無理には付き添わせなかった。
保健センターおよび法科大学院には①Aを一人で行かせたことへの義務違反、②Aに授業を受けさせたことへの義務違反の2点で安全配慮義務違反があると考えられる。
8)ハラスメント相談室の相談内容
7月28日:アウティングによる体調不良、Zとほぼ毎日顔を合わせ、その度緊張や怒り、悲しみで吐き気や動機がするため、心療内科に通い、安定剤を服用していることを話す。
8月3日:措置の意思を示す
8月10日:申立を決意する、「性同一性障害」を専門とするクリニックの受診を勧められる
8月24日:保健相談にてAと面会し、申立について話をする、「体調のこともあるので取りやめたいときには遠慮なく言って」と伝える。
9月2日か3日:ハラスメント委員会の予定日
申立書の作成は、ハラスメント相談室規定の書式による。既定のフォームがないとかけないほど書面の作成は困難なものである。また、受理されるまでには、ハラスメント相談室からの修正をクリアせねばならず、時間がかかる。加えて、いつでも取り下げられることを相談室は何度も言っていた。Aの調停への期待や意欲を削ぐ発言ともいえる。
相談を受けた8月3日からハラスメント委員会が開催されるはずであった9月2日または3日までにAとZ被告が顔を合わせることは容易に想像できたはずである。それにもかかわらず、ハラスメント相談室は特に何もしなかった。
ハラスメント相談室に対しては、以下の4点こそ求められるべき対応であった。
①寄り添う対応をする→相談の専門家である臨床心理士や医師、弁護士を配置したり、連携を取ったりするべきであった
②他部署との連携→8月3日にAは「弁護士の先生にも相談してみた。アウティング行為で学校側の何らかの措置が必要なレベルと言われた」と話す。もっとも、その後も法科大学院等との連携はなかった
③ハラスメント委員会への申立を迅速に行うべきであった
④適切な情報提供→ハラスメント相談員は、保健センターの大学医Cから紹介された「性同一性障害」を専門とするクリニックの受診を、その適否を考えることなく勧めた
9)大学の遺族に対する説明
11月に原告および妹と面談した際、事件に関する情報の開示や提供を不当に拒んだ。また、法科大学院の学生に対し、告別式班の参加の不参加や遺族への接触の禁止を言い渡していた。
裁判資料⑥控訴理由書(令和元年6月、平成31年(ネ)第1620号損害賠償請求控訴申立事件)(要点)
・東京地裁判決では、一橋大学の教職員の各対応が、大学として果たすべき注意義務に反しないとし、控訴人らの請求を棄却している。しかし、その棄却理由は時系列を羅列しただけで、事実についての法的意味付けを示さず、結論だけを示すという杜撰な認定である。特に、アウティングの内容や性質に全く触れずに、Aが在籍する一橋大学の教職員の対応には全く問題がないとした。一橋大学がAに負う安全配慮義務の内容も明確にしないまま、一橋大学の教職員らの対応には注意義務違反はないとした。
・一橋大学がAに対しておう安全配慮義務の内容、そして求められる注意義務の程度は、本件アウティングが不法行為であるか否か、その違法性の程度や悪質性、被害の重大性や危険性を考慮することによって、ようやく画される。
・安全配慮義務違反または教育環境配慮義務違反の有無は、本件訴訟の重要な争点である。
・国立大学法人と学生との間の在学関係においても、大学が信義則上、教育、研究に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じうる危険から、学生の生命及び、健康等を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っている。
1)不法行為性に関して
・Aはこれまで、自分が同性である男性に恋愛感情や性的関心を持つ同性愛者あるいは両性愛者であることを、家族も含む他人には明かしていなかった。
・AはアウティングがされたLINEのメッセージグループに含まれる同級生からも「同性愛者を生理的に受け付けない」などの偏見の言葉を聞いたことがあり、同性愛を明らかにできないと生前に述懐している。
・Z被告は「これからも友達でいてほしい」と返信したにも関わらず、その2ヶ月あまり後、Aに対する一方的な拒否感情から、それがAに精神的苦痛を与えることを知りながら、アウティングをした。これは、Aの人格権ないし人格的利益を侵害する不法行為(民法709条)である。
・暴露により精神的に傷つくだけでなく、他の同級生らにそれが知られて付き合いづらくなることを見越して攻撃手段としてアウティングをした。これは一橋大学ロースクールという狭い人間関係の中で、Aから人間関係形成の自由を奪い孤立させるものであり、「いじめ」と同じ構図である。
・人間関係形成の自由は、法律上保護される人格権であり、Aにとって孤立させられたりしないこと、いじめ被害を受けないことは人格的利益である。
2)東京地裁における控訴人らとZ被告との和解内容
・Z被告は東京地裁において、本件アウティングの発端にはAからの恋愛感情の告白があり、その後のAの行動がZ被告に「追い詰められている気持ち」にさせるものであるから、Aにも批判されるべきであると主張した。
・東京地裁でZ被告は、本件アウティングは不法行為ではないと主張し、控訴人らの本件学生に対する損害賠償請求の棄却を強く求めていた。しかし、結果として裁判所の強い和解勧試に従い、Z被告は控訴人らとの和解に応じた。和解調書の内容に照らせば、東京地裁が本件アウティングを不法行為であると理解していたことを疑う余地はない。
3)AによるZ被告に対する行為に関して
・本件アウティングはAに帰責されない
・恋愛感情を募らせ、ただ告白するということは自然な人の営みであり、それ自身は他者の権利を侵害する不法行為ではない。
・Z被告がAに対して配慮の言葉を並べながらも、実際にはAとの人間関係が変容したと受け止め、Aのこれまで通りの行動に対してすら「追い詰められている気持ち」になったのであれば、Aの同性愛を特別な異質なものとして差別と偏見に基づく受け止めをしたからである。そこには差別感情がある。
・Aの同性愛を暴露することはAと他者との人間関係を破壊することだと考えるのは、同性愛者が広く一般に受け容れられない存在だという同性愛差別を前提とする行動である。差別意識の裏付けである。
・Z被告の「追い詰められた気持ち」は、Z被告の内心にある同性愛差別により形成されたものであり、Aからの恋愛感情の告白やAのその後の行動がZ被告を追い詰めたのではない。本件アウティングにおいて、Aにも批難するべきことがある、あるいはAにも帰責性があるとすることは、同性愛差別を肯定するも同じである。
4)ハラスメント相談室相談員Dに関して
・相談員DはAに対する緊急のアドバイスをしなかった。東京地裁での判決では、「相談員Dにおいて、面談前からZ被告と接触を可能な限り回避しようとしていたAに対し、Z被告との接触をできるだけ回避するなどのアドバイスを重ねてすることが必要であったとは認められず」、「アドバイスをしなかったことをもって、安全配慮義務違反ないし教育環境配慮義務違反に当たるなどということではない」と認定した。
・相談員DはAにはりまメンタルクリニックの受診を勧めたが、同クリニックは性同一性障害の診断を受けるトランスジェンダーに対する医療を実施するクリニックであり、相談員Dの情報提供は同性愛をあたかも治療の対象と示唆するようなものであり、不適切である。相談員Dは大学医Cからの情報提供として同クリニックの情報を提供したものであり、判決では先の事柄を示唆するようなものとは言えないとされた。
・相談員Dは大学医Cに対してまず「一般的に相談者が精神科の治療を受けるべきと考えるときの紹介先」を聞き、それがすでにAが通院している診療所だったことから、同日に重ねて「セクシュアリティについての悩み」という条件を付して、情報提供を求めた。大学医Cはまずは紹介すべきは精神科の診療所という前提があり、そこでセクシュアリティの問題として相談内容が絞られたところ、他に専門機関を知っているわけでもなく、同窓生の医師が開設しているはりまメンタルクリニックを勧めた。相談員Dはそれをそのまま伝えた。明確なビジョンもない漠然とした情報提供である。
・相談員Dがロースクールの教職員に対し、クラス替えの必要を進言するなど積極的に介入する様子はなかった。
・東京地裁判決は、相談員Dが本件アウティングについてその行為の悪質性やAの傷害の重大さについて、どのように認識していたのか全く認定していない。面談において、ハラスメントの専門相談員としての聞き取りは十分であったのか、落ち度はなかったのか、対応を評価する上で不可欠な事実である。ゆえに、証人尋問を求める。
・相談員Dの注意義務違反は、以下の点で確認される。まず、一橋大学ハラスメント相談室は「2つの大きな役割」があり、それは「相談者の気持ちとか状況の整理のお手伝いをする」ことと、「相談者とともに、その解決に向けて一緒に考えていく。相談者の気持ちに寄り添う形での相談」としている。すなわちハラスメント相談室は、ハラスメント対策委員会への措置の申し立て準備など、状況の整理と解決に向けた手続きを援助するだけでなく、相談を積極的に引き受けることを業務内容としている。それは義務であった。
裁判資料⑦東京地方裁判所判決(要点)
主文
1 本件請求をいずれも棄却する。
2 費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告■■に対し、■■円及びこれに対する平成27年8月25日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告■■に対し、■■円及びこれに対する平成27年8月25日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告の設置する法科大学院に在学していたAの両親である原告らが、被告に対し、①被告が、Aとの間の就学契約に基づく信義則上の付随義務である安全配慮義務として、法科大学院の学生に対し、性的指向が人権として尊重されることなどを具体的に教授する義務があったにもかかわらず、これに違反したことにより、Aから好きだと告白された男子学生(以下「本件学生」という。)が、Aが同性愛者であることを他の同級生に暴露して、Aに精神的苦痛を与えた旨を主張して、(中略)安全配慮義務違反の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、各原告につき、(中略)を求める事案である。
1 前提事案
以下の各事実については、証拠を掲記した事実は当該証拠によりこれを認め、その余の事実は当事者間に争いがない。
(1) 原告らは、平成27年8月24日に死亡したAの父母であり、Aの死亡による法定相続分は、各2分の1である。
(2) 被告は、一橋大学大学院法学研究科法科大学院(以下「本件ロースクール」という。)を設置、運営する国立大学法人である。
(3) ア Aは、平成27年4月当時、被告との間で、本件ロースクールの学生として在籍し通学することを主たる目的とする就学契約(以下「本件就学契約」という。)を締結しており、本件ロースクールの3年次に在籍する男子学生であった。
イ Aは、同性愛者であった。
(4) 本件学生は、平成27年4月当時、本件ロースクールにおいて、Aと同じクラスに在籍する男子学生であった。
(5) ア 被告は、ハラスメント相談室を設置しており、平成27年7月ないし8月当時、相談員Dは、ハラスメント相談室の専門相談員であり、■■は、ハラスメント相談室の室長であった。
イ 被告は、国立キャンパス内に一橋大学保健センター(以下「保健センター」という。)を設置しており、精神科医Cは、平成27年月当時、保健センターの学校医であった。
ウ B教授は、平成27年7月ないし8月当時、本件ロースクールにおいて憲法の講義等を担当する教授であった。
(6) Aは、本件学生に対し、平成27年4月3日、コミュニケーション用アプリケーション「LINE」により、「俺、好きだ、付き合いたいです」とのメッセージを送信して告白した。
(7) 本件学生は、Aに対し、平成27年4月4日、Aのことは「いい奴だと思うけど、そういう対象としては見れない。付き合うことはできないけど、これからもよき友達でいて欲しい」とのメッセージをLINEで送信した。
(8) 本件学生は、平成27年6月24日、A及び本件学生を含めた本件ロースクールの同級生9人が登録したLINEのメッセージグループに、「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」というメッセージを投稿した(以下「本件アウティング」という。)。
(9) ア Aは、平成27年7月20日、本件アウティングについて、ハラスメント相談室に相談を申し込んだ。
イ 相談員Dは、平成27年7月27日、同年8月3日、同月10日及び同月24日、Aと面談した。
(10)Aは、平成27年8月24日当時、■■クリニック(以下「本件心療内科」という。)に通院しており、ソラナックスなどの薬を処方されていた。
(11)Aは、平成27年8月24日、10時から始まる必修の刑事模擬裁判(以下「本件模擬裁判」という。)に出席したが、同日10時25分頃から保健センターで休養し、同日14時頃に保健センターを出て、同日14時15分から始まる午後の本件模擬裁判に向かった(甲22,丙14ないし16)。
(12)Aは、平成27年8月24日15時4分頃、本件ロースクールの教室がある建物の6階ベランダに手をかけてぶら下がっている状態で119番通報され、その後、転落し、同日18時36分頃、搬送された病院において死亡(以下「本件転落死」という。)が確認された。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告は、本件ロースクールの学生を含む被告の学生全員に対し、平成27年4月当時、「ハラスメント防止ガイドライン」、「ハラスメントのないキャンパスを」と題する冊子を配布していた。上記ガイドラインには、セクハラとは、性的な言動又は性別役割の押し付けによって、他の者に肉体的、精神的な苦痛や困惑、不快感を与えることであるとの説明や、セクハラの具体例として、セクシュアル・マイノリティをからかうことなどが記載されていた。
(2) ア 国立大学法人一橋大学ハラスメントの防止等に関する規則では、被告にハラスメント対策委員会及びハラスメント相談室を置くこととされ、ハラスメント相談室の業務に携わる者は、守秘義務を負い、関係者の名誉やプライバシー保護について、特に配慮し、慎重に行動しなければならない旨が定められていた。
イ 国立大学法人一橋大学ハラスメント相談細則では、ハラスメント相談室の業務として、ハラスメントに係る相談窓口、相談に対する助言、ハラスメント対策委員会への事実関係調査等への協力が定められていた。
ウ ハラスメント対策委員会を利用したハラスメントに関する問題の解決手続の方法としては、行為の中止を求める説諭の申請、調停の申請及び措置の申立てが設けられていた。上記措置の申立ては、被害者が大学に対して相手方に対する処分などの具体的措置を採るよう求める手続きであり、措置の申立てを受理したハラスメント対策委員会が、ハラスメント調査委員会による事実関係の調査報告を受けて、当該部局等の長に対し、必要かつ適切と考えられる措置を勧告し、勧告を受けた部局に長等が相手方に対して処分をすることなどにより、問題を解決することが予定されていた。
(3) 平成27年4月当時、本件ロースクールの3年次は、二つのクラスに分かれており、一つのクラスには、約40名弱が在籍していた。
(4) ア 本件学生は、前記前提事実(7)の返信後、Aから、「キモいと思うけど、悲しいけどすげー嬉しかった」などとLINEによるメッセージを受信した後、平成27年4月4日、Aに対し、「全然キモいとかそういうのはないよ。世の中には一定数同性のこと好きになる人はいるわけだから趣味の違いの一種みたいなもんでしょ。そんな自分のこと卑下しないで前向きに趣味の問題ぐらいに捉えた方がいいと思う」、「全然Aみたいに同性のこと好きになる人もいるから、LGBTて調べて本読んだりしてみるといいと思うよ」などとLINEでメッセージを返信した。
イ 本件学生は、同級生の一人に対し、平成27年4月4日、上記同級生がAのことを「ゲイだとかふざけていじった」ことについて、Aは悩んでいるので、「いじるようなことでもないからいじるのはやめてやって欲しい」、「それを忠告しようと思っておまえにも言おうと思った」などとLINEでメッセージを送信した。
(5) 本件心療内科への通院と処方箋等
ア Aは、平成27年7月21日、本件アウティングによるショックで不眠等になり、本件学生と会うと吐き気、動悸がするなどして、本件心療内科を受診した。本件心療内科は、同月24日、不安神経症により、同月末までの休養を要すると診断し、同年8月21日には、ソラナックス、パキシル、ベンザリンを処方した。
イ ソラナックスは、不安、緊張、抑鬱、睡眠障害などに効用がある抗不安薬であり、パニック障害など不安を伴う病態に対して、副作用が少なく安全性が高いという理由で、幅広く使用されている。ソラナックスの説明書には、副作用の一つとして、刺激興奮、錯乱等が現れることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うことなどが記載されている。
エ ベンザリンは、不眠症などに効用がある睡眠導入剤である。
(6) ハラスメント相談室の対応等について
ア Aは、ハラスメント相談室に対し、平成27年7月20日、電子メールを送信する方法により、本件アウティングにより、精神的に体調を崩していること、本件学生とは授業等でほぼ毎日顔を合わせざるを得ない状況であるが、緊張や怒りや悲しみで、吐き気や動機が生じ、授業に出席するのもやっとで、どうしていいか分からない状態であることなどを伝え、相談を依頼した。
イ Aは、平成27年7月27日、相談員Dと面談した際、同性愛者であることを親には言っていないこと、本件アウティングにより、本件学生を前にすると同期と吐き気で安定剤が必要であること、心療内科に通院しており、夜眠れないこと、B教授に相談し、いざというときにはクラスを移ることができると言われ、自分が移らなくてはいけないのか考えていることなどを述べた。
ウ Aは、平成27年8月3日、相談員Dと面談した際、弁護士に相談したところ、学校側の何らかの措置が必要なレベルと言われたなどと述べたほか、ハラスメント対策委員会に対して希望する措置の内容について、本件学生による謝罪や本件学生にクラスを移ってもらうことも考えているが、まだ考えがまとまっていないなどと述べた。
エ 大学医Cは、平成27年8月5日、相談員Dから、一般的に来談者がセクシャリティの問題で悩んでいる場合の専門相談機関について情報提供を依頼されたため、これまでもセクシュアリティに関する悩みを有していた者を紹介した実績があり、大学の同窓生であって人柄も理解している針間克己医師(以下「針間医師」という。)が院長を務めるはりまメンタルクリニックを紹介した。
オ Aは、平成27年8月10日、相談員Dと面談した際、主治医から抗鬱剤を処方されたことなどを述べるとともに、ハラスメント対策委員会に対して希望する措置の具体的な内容として、「謝罪」とのみ記載した措置の申立書(以下「本件申立書」という。)を提出し、添付資料は追完することとした。相談員Dは、Aに対し、上記申立ては、いつでも取下げ可能であることを伝えるとともに、Aが同性愛のことを親にも言えずに悩んでいたため、ハラスメントの相談とは別に、専門相談機関として、大学医Cから紹介を受けたはりまメンタルクリニックについての情報を提供したところ、Aは、行ってみたいなどと述べた。また、相談員Dは、Aに対し、保健センターの大学医Cにも相談できる旨を伝えたが、Aは、大学医Cへの相談には行かないと述べた。
カ Aは、平成27年8月19日、相談員Dと面談する予定であったが、実家に帰省していたため、相談員Dと電話で話し、相談員Dから、同年9月2日ないし3日頃にハラスメント対策委員会が開催される予定であることを聞いたほか、ハラスメント対策委員会の開催を希望することについて意思を再確認され、改めて開催を希望する旨を伝えた。また、Aは、上記電話により、面談予約を同年8月24日11時に変更した。
キ Aは、相談員Dに対し、平成27年8月21日、本件申立書の添付資料の修正版を送付した。
ク Aは、相談員Dに対し、平成27年8月23日、同月24日には本件模擬裁判があるため、同日の面談の予約を翌週に変更するよう求めた。
(7) B教授の対応等
ア Aは、平成27年7月23日、B教授と面談し、面談及びこれに先立って同月21日に送信した電子メールにおいて、自分が同性愛者であり、そのことは家族にも伝えていないこと、本件アウティングによるショックなどで精神的に体調を崩してしまっていること、本件学生とは授業等でほぼ毎日顔を合わせざるを得ない状況であるが、緊張や怒りや悲しみで、吐き気や動悸が生じ、授業に出席するのもやっとで、どうしていいか分からない状態であることなどを説明した上で、自分又は本件学生がクラスを替わることができるのか、ビジネスローコースをやめることができるのかなどについて相談し、面談の中で、自分又は本件学生のどちらが替わるかは別として、できればクラスを替えてほしいなどの希望を述べた。
イ B教授は、Aに対し、平成27年7月23日の面談及びこれに先立つ返信の電子メールにおいて、本件アウティングについて、Aの同様や怒りや悲しみは十分理解できること、事実だとすると人権を大切にすべき法曹の卵にあってはならない話であり、人権を掲げる本件ロースクールとしても恥ずべき話で、深い怒りと悲しみを覚えること、ひどいショックを受けたにもかかわらず、法曹の道を目指すことを諦めないでいるAにこそ是非法曹になってほしいと思うこと、ハラスメント相談室に相談し、ハラスメント対策委員会に申し立てる方法があること、クラス替えは可能だと思うが、手続については事務室に相談すること。クラス替えをするとなると、クラス幹事には理由を説明せざるを得なくなるので、同性愛者であることが伝われるおそれがあることも考慮して、希望をきめてほしいことなどを伝えた。
ウ B教授は、本件ロースクールを含めた被告の研究家全体の責任者である研究科長に対し、平成27年7月24日、Aとの前記面談の内容について報告し、同日、本家ロースクールの法科大学院長及び■■を含めた複数の職員に集まってもらい、Aとの前記面談の内容について説明し、A及び本件学生の様子には今後も注意を払うよう求めた。
エ Aは、B教授に対し、平成27年7月25日、「B先生にお話を聞いていただきまして、とても気持ちが楽になりました。ありがとうございます」、「早く、前向きに解決に向かいたいと考えております」などとお礼の電子メールを送信した。
オ Aは、B教授に対し、平成27年7月26日5時25分、本件アウティングについて、全てを周りに明らかにしようと考えるようになったなどと伝え、意見を求める電子メールを送信した後、B教授に対し、同日12時43分、B教授からの返信を受ける前に、上記の電子メールに記載した手段は妥当なものではないなどとして、上記の考えを撤回する旨の電子メールを送信した。
カ B教授は、Aに対し、平成27年7月26日22時40分、Aの苦しい気持ちは理解できるが、本件アウティングについて全員に明らかにしても問題解決にはならないと思うこと、「問題の原点はあくまで本件学生とあなたの二人の関係です」、本件学生が本件アウティングをした理由の推測として、「同性に告白されたことに対する戸惑いや不安、脅えといったこともあるように思います」、「あなたの悔しさや苦しみは、私たちが見ています。あなたは決して一人ではありませんよ。自分をもっと大切にしてください」などと記載した電子メールを送信した。
キ Aは、B教授に対し、平成27年7月28日、前記カの電子メールを受けて、「本当にありがとうございます。B教授のメールや、昨日ハラスメント相談員の方と話し、■■さんと話し、自分で考え、とても時間がかかってしまっていますが、自分の精神状態等を、少し分析できたと思います、B教授のおっしゃる通りだと思います。」などと返信した。
ク B教授は平成27年8月7日、本件学生と面談し、本件学生から、本件アウティングは、Aからしつこくされて、自分からは周りにAの事情を話すことができず、一人で悩んで眠れないほどのストレスを抱えており、本件アウティングをするしかないと精神的に追い込まれていたこと、クラス替えについては、自分も希望するが、自分からは事情を説明できないので、変更するのであれば、Aにお願いしたいなどの話を聞いた。
ケ B教授は、平成27年8月11日、Aの同級生2名の来訪を受け、本件学生からAに直接謝罪をさせた方がいいかについて意見を求められた。B教授は、上記同級生2名に対し、謝罪をすることは重要だが、謝罪は心からのものでなければAに伝わらず、かえって事態が悪化するリスクがあり、現時点では、本件学生が心から謝罪する気持ちになっているかどうか分からず、Aにも素直に話を聞く余裕があるか不安があるので、A及び本件学生の気持ちが落ち着くのを待った方がいいのではないかといった意見を伝えたところ、上記同級生2名も、B教授に対し、上記不安はあると思うと話した。B教授は、本件ロースクールの法科大学院長及び■■を含めた職員に対し、同日、本件学生や上記同級生2名との面談状況などについて電子メールにより報告し、研究科長に対しても上記電子メールを送信して、情報を共有した。B教授は、上記電子メールの中で、「例の法科大学院の学生間のトラブルの件ですが、」、「もう少し二人、特にAの気持ちが落ち着くことを期待するしかないと思います」などの記載をした。
(8) Aと同級生等とのLINEでのやりとり
ア Aは、同級生に対し、平成27年7月26日、「自分が一切本件学生と関わりを断って、忘れられるように、ちょっと無理な要求を学校側にするかもしれない」とした上で、①本件学生の他のクラスへの移動、②本件学生の自分たちのクラスの研究室への立入禁止、③自分の他のクラスへの移動、④自分がビジネスローコースをやめる、⑤自ら研究室には行かないとの選択肢を挙げて、「おそらく、①と②は無理だと思う、けど、挑戦だけはしてみて、だめなら、自分がクラスを移るなりの選択肢をとろうと思う」などとメッセージを送信した。
イ Aは、同級生に対し、平成27年7月26日、本件アウティングについて、「少なくともB先生は、法科大学院教授の立場からして、あれはおかしいって言ってたよね」などとメッセージを送信した。
ウ Aは、南和行弁護士(原告代理人)に対し、平成27年7月26日、「学校側に、自分かあるいは暴露した本人のクラスの変更を求めようと考えたのですが、友人からは、事を荒立ててどうするんだ(結局自分のためにならないぞ)と強く怒られてしまい、しかし、自分がただクラスを移動するというのも、どうなんだろうと自分の中ではわだかまりがあります。」などとメッセージを送信した。
エ Aは、同級生に対し、平成27年8月2日、「解決手段として適切かどうかって、俺のクラス移転、休学、退学のどれかが一番現実的かと思うっていうけど、ほんとうにそうなの?っていうところも疑問ではあるけど前もいったけど、おれの体調が悪いからだけど、結局、本件学生から俺が追い出される形だよね??頭ではわかってるけど、それを解決手段として現実的って、そんなことある?って気持ちはあるんだよね」などとメッセージを送信した。
(9) Aは、平成27年8月10日から同月20か頃まで、名古屋市にある実家に帰省した。原告らは、東京に帰ろうとするAに対し、無理して帰らなくてもいいなどと述べて引き留めようとしたが、Aが、必修の本件模擬裁判に出席するために帰らなくてはならないなどと説明したため、Aは、東京に帰った。
(10) 平成27年8月24日の保健センターでのやり取り等
ア Aは、平成27年8月24日10時25分頃、■■(職員)に付き添われて保健センターの休養室を訪れた。A又は■■(職員)は、保健センターの看護師に対し、Aが午前の授業中にパニックになり、持っていたソラナックスを内服したこと、午前中は休養するように担当教員に言われたこと、学生同士のトラブルでハラスメント相談室に相談していること、本件心療内科を受診しており、鬱病と経度のパニックと診断され、パキシル、ソラナックス、ベンザリンを処方されていることを説明した。また、■■(職員)は、上記看護師に対し、Aが、支離滅裂なことを言った旨も説明した。
イ 相談員Dは、Aの求めに応じ、保健センターを訪れ、平成27年8月24日10時30分ないし40分頃11時までの間、Aと面談した。相談員Dは、上記面談において、Aの本件申立書による措置の申立ての意思が固いことを確認し、体調の事もあるので上記申立てはいつでも取り下げが可能であることを伝えたほか、Aが、はりまメンタルクリニックに行ったかどうか確認し、同年8月中は予約が取れなかったので、同年9月に行きたいと考えていることを聞き取った。
ウ 大学医Cは、平成27年8月24日午後1時20分頃、保健センターの看護師から保険記録を見ながら前記アの状況について口頭による引継ぎを受けるとともに、Aが持参していた薬袋を確認して、本件心療内科から同月21日にパキシル、ソラナックス、ベンザリンが処方されていることを確認した後、休養室において、Aと面接した。Aは、大学医Cに対し、本件アウティングを受けたことにより、悩んで鬱病になっていて、ハラスメント相談室に措置の申立てをしており、翌週水曜日にはハラスメント対策委員会が開催予定であること、母には措置の申立てについては伝えたが、自分が同性愛者であることは話していないこと、休学やクラス変更について教職員に相談していること、追試を受けるために診断書を書いてもらったことなどを説明した。また、大学医Cが、Aに対し、■■メンタルクリニックについて話をしたところ、Aは、同年9月に行くつもりであると述べた。大学医Cは、Aに対し、午後の本件模擬裁判について、無理して出席しない方が良いと伝え、欠席するなら意見書を出すことができると伝えたところ、Aは、今日は、本件模擬裁判に出席するために来たので、どうしても出席したいとの意向を表明した。
エ 大学医Cは、Aに対し、まずは昼食を摂るように勧めると、Aは昼食を買いに休養室を出た後、パンを手に保健センターに戻り、それを食べた。
オ 大学医Cは、Aが昼食を買いに出た直後、ハラスメント相談室に行き、相談員Dから、午前に遭った際の様子や、以前と比べて気になる点がなかったか聞いたが、特段の情報はなかった。
カ 大学医Cが昼食後のAに再度以降を尋ねると。「はい。名前をメーリングリストから外したから、もう大丈夫です」など述べ、模擬裁判に出たいとの意向を表明、大学医Cから勧められたソラナックスを1錠服用した。
キ 大学医Cは面接前には電話の繋がらなかった■■(職員)から、Aは模擬裁判に出ないほうが良いのではないかと話されたが、それに対しAが今は落ち着いていること、本人に参加への強い意向があることを伝えた。
ク 大学医CはAに、模擬裁判に看護師を付き添わせるよう提案したが、Aはこれを断った。A曰く、模擬裁判は14時15分から18時までであり、大学医CはAに対し、何かあればすぐ戻るよう伝え、連絡先を伝えるべく保健センターの案内を手渡した。Aはこれを受け取ると、翌日上京する予定の母親に会ってほしいとの意向を伝え、大学医Cはこれを了解した。
ケ 大学医CはAが保健センターを出て歩いていくところを見て確認したが、ふらつくこともなくしっかりとした足取りであった。
(11)Aは平成27年8月24日までに遺書を作成した。
(12)転落死の直前、「本件学生が弁護士になるような法曹界なら、もう自分の理想はこの世界にはない」、「これで最後にします」「いままでよくしてくれてありがとうございました」とのメッセージを同級生グループに投稿した
(13)9月2日行われたハラスメント対策委員会では、Aが死亡したことを受け彼の申立書は扱われなかった。
2 争点(1)アウティング発生に関わる安全配慮義務について
(1) 原告らは講義又はガイダンスなどでハラスメントについて具体的に教授しなかったことがアウティングを招いた、と主張。
(2) 認定事実1及び4からすると、本件学生は、性的指向が人権として尊重されること及びセクシュアル・マイノリティをからかうことがセクハラにあたることを認識していたと認められる。そのため被告において講義やガイダンスが本件アウティングを未然に防いだと認めるに足る証拠はない。
3 争点(2)転落死に係る安全配慮義務違反又は教育環境配慮義務違反について
(1) 本件アウティング後の対応による配慮義務違反について
ア B教授
(ア) 原告ら、Aの不安の緩和や救済のために対応しなかった旨を主張。
たしかに認定事実7から問題の責任の一端をAに求めるような記述や、本件学生の戸惑いなどを理由にアウティングの正当化を感じさせる記述をしており、また認定事実8からは、両成敗のごとく発言したことがうかがわれる。
しかし、アウティングが許されない行為であるとの認識はA自身にも伝わっていたと認定される。そうすると、Aとの面談やメールの中で教授は、本件アウティングが許されざるものであることとの立場を貫き、Aの苦しみにも共感しているものと認められ、彼の発言がAをさらに追い詰めたとは認められない。加えて、アウティングについて公表する意思をAが取り下げたのはB教授が返信する前であり、教授の言葉がAを追い詰めたものとは言えない。
原告ら、クラス替えをすべき義務に教授が違反したと主張。
Aは最終的に謝罪のみを求めるに至っている。B教授とのやり取りの段階では、クラス替えについての具体的な意思が固まっておらず、加えてそれを希望しない旨の決断を下していることからして、教授の義務違反は認められない。
教授がクラス替えを思いとどまらせた、とも主張。
たしかに教授は7イの通り、クラス幹事へのカミングアウトの必要性をAに説明しているが、これは家族にも性的指向を伝えていないAに、他の学生に知られてしまうことへの注意喚起をしているのであり、希望すればクラス替えが可能であることを面談を通し認識していたといえる。したがって、教授がクラス替えを思いとどまらせたとはいいがたく、また、A自身がクラスを替わるべきだと述べたと言える根拠もない。
原告らは教授が本件学生に叱責、内省や謝罪を促すなどの具体的な指導をしなかった旨を主張。
教授との面談時の段階では、Aは具体的な措置は決めていなかった。また本件学生に謝罪の意思があるのか、Aも謝罪を聞く余裕があるのかについて教授も不安を抱いていた。こうした段階で、教授がハラスメント対策委員会による検討を待つことなく独自の判断で謝罪を促したりしなかったにしても、そのことが配慮義務違反にあたるとは言えない。
原告ら、教授が事態を共有する際に矮小化するような表現をとったと主張。
最初の面談の翌日面談内容を説明しており、ハラスメント相談室を紹介していることからすると、教授が問題解決を当事者間に任せるべき一般的なトラブルと認識していたとは言えず、矮小化も認められない。
イ 相談員
接触回避の緊急的なアドバイスを与えなかったと主張
裁判資料⑧東京高等裁判所控訴審判決(令和2年 11月25日 判決言い渡し)(要点)
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決(東京地裁判決)を取り消す。
2 一橋大学は、控訴人らに対し、それぞれ■■円及びこれに対する平成27年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の趣旨
⑴ Aは、控訴人が設置する一橋大学院法学研究科法科大学院(本件ロースクール)の三年生であったが、同じクラスに在籍する本件学生から、本件ロースクールの他の同級生に対して、Aが同性愛者であることを暴露され(本件アウティング)、その後、本件ロースクールのある校舎から転落死した。
控訴人らは、Aの両親であり、相続人である。(相続割合は各2分の1)
⑵ 控訴人らは(中略)の支払いを求めた。
(割愛)
⑶ 原審(東京地裁)は、控訴人らの請求をいずれも棄却したところ、控訴人らが請求の許容を求めて控訴した。
なお、控訴人らは一橋大学のほか、本件学生を共同被告として訴えを提起したが、同人との訴訟は、原審において訴訟上の和解が成立したことにより、終了した。
2 当事者の主張など
⑵ 当審における当事者の主張
(控訴人らの主張)
B教授は、Aからの平成27年7月21日の電子メール及び同月23日のAとの面談により、Aが本件アウティングのために心身に不調が生じ、本件学生との接触によって吐き気や同級生などの身体症状の悪化を引き起こし、授業に出席するのもやっとで、前期試験も受けられず、医師の診断書を取得して追試験を受けることとせざるを得ない状態にあることを知った。また、同人から、本件学生との接触を回避すべく、クラス替え等が可能か否かについて相談を受けた。そして同月24日、研究科長、法科大学院及び本件ロースクールの職員に上記内容を報告するなどして、情報を共有した。
このように、一橋大学は、同月24日、組織として本件アウティングの経緯及びAの心身の危険の実情を知ったのであるから、この時点で、クラス替えを行い、加えて、夏季休業期間に実施される民事模擬裁判及び刑事模擬裁判という必修科目の授業についても、模擬裁判の授業のグループ分けの変更や、A又は本件学生についてはレポート提出で足りることとするなどの措置を取り、Aが本件学生と接触することなく授業を履修できるようにして、心身の不調を生じさせる危険の除去と回避の方策をとるべき義務があった。
それにもかかわらず、一橋大学は、何らそのような方策をとらなかった。かえって、B教授は、Aに対し、クラス替えを行うにはクラス幹事に事情を説明する必要があるとの誤った教示をしたり、クラス替えをすることによって同性愛者であることが他の学生に知られるリスクをA自らが負うべき旨の説明をしたりして、クラス替えを思いとどまらせている。一橋大学のこれらの対応が安全配慮義務に違反することは明らかである。
(一橋大学の主張)
一橋大学は、平成27年7月24日、Aとの面談内容についてのB教授から研究科長、法科大学院長及び本件ロースクールの職員への報告を受け、組織として、Aと本件学生の様子に対する注意喚起のほか、Aが前期試験を受験できなかった科目の追試等による対応及びクラス替えの実施やスケジュールについて検討した。そして、一橋大学は、同年8月11日の時点で、クラス替えを実施する方針を決定し、その時期として後期授業が開始される同年9月28日頃とすることを予定していたが、A及び本件学生の双方から事情を聴取して、Aの心情については十分に理解・共感しつつも、Aと本件学生との間のトラブルの原因が、本学学生のAに対する一方的で事情を酌量する余地の全くない加害行為とまでは言えないことから、当事者双方が納得したうえでこれを実施することが最良の解決策と考えていた。B教授が、Aに対し、クラス替えをするとなるとクラス幹事には理由を説明せざるを得ず、同性愛者であることが伝わる恐れがあることも考慮して希望を決めてほしい旨を伝えたのは、前例のないクラス替えを行うことにより、Aが同性愛者であるという情報の拡散の可能性が高まることが想定されるため、Aも二次被害的事態やリスクをも考慮した上で判断してほしいとの配慮に基づくものであり、Aもその趣旨を理解していた。また、民事模擬裁判及び刑事模擬裁判のいずれにおいても、なるべくAと本件学生とが共同で準備、学習をしなくて済むような編成・配役となっていたうえ、体調が悪くて出席できない場合には、診断書等を提出の上、その代替措置を受けることが可能な体制が設けられっていた。
以上のような一橋大学の組織としての対応に安全配慮義務違反はない。
第3 当裁判所の判断
1 補正
原判決の「事実及び理由」の29項4行目の「⑵」の次に「確かに、本件アウティングは、Aがそれまで秘してきた同性愛者であることをその意に反して同級生に暴露するものであるから、Aの人格権ないしプライバシー権等を著しく侵害するものであって、許されない行為であることは明らかである。(認定事実(7)クによれば、Aと本件学生との間に少なからざる葛藤があった可能性がうかがわれるが、そうであったとしても、そのことは本件アウティングを正当化する事情とは言えない。)」を加える。
2 当審における控訴人らの主張に対する判断
⑴ 確かに、前記認定のとおり、B教授は、Aとの同年7月23日の面談及びこれに先立って同人から送信された電子メールによって、本件アウティングの存在及び内容並びにこれによってAが精神的ショックを受け、本学学生と会うと緊張、怒り、悲しみで吐き気や動悸が生じ、授業に出席するのもやっとであって、前期試験も受けられないような状態であること、Aまたは本学学生のどちらが替わるかは別にして、できればクラス替えを行ってほしいとの希望があることを把握し、翌24日には研究科長、法科大学院及びロースクールの職員に上記内容を報告するなどして情報を共有したことから、一橋大学は同時点において、上記各情報を組織として把握したこと、さらにB教授と法科大学院長の間では、遅くとも同年8月11日の電子メールのやり取りの中で、クラス替えは必須であることが確認されたことが認められる。
しかし、他方において、本件ロースクールにおいては、同年7月24日から同月30日までが前期試験期間、同月31日から同年9月27日までが夏季休業期間であって、後期授業開始は同月28日とされていたことから、どんなに早くクラス替えをするにしても、後期授業が開始される同月28日からにせざるを得ないのであって、同年7月24日の時点で直ちにクラス替えをすべき義務が生じたということはできない。加えて、B教授において、これまでクラス替えを例がない中で、これをスムーズに行うには、少なくともクラス幹事にはその理由を説明せざるを得ないと考えたことも不合理とは言えないこと、最終学年である三年生の前期授業が終了し、後期授業を控えたこの時期に、突然、前例のないクラス替えをするとなれば、他の学生からその事情を詮索され、Aが同性愛者であることや本件アウティングのあったことがその事情を知る学生から漏れるリスクが想定されることから、そのリスクを考えたうえで、Aにクラス替えを希望するかどうかを決めてほしいと伝えたことは、クラス替えをするにあたって当然検討しなければならない事項について注意喚起する適切助言であって、これをもって、誤った教示であるとか、A自身にクラス替えを思いとどまらせたものであるといえないことは、前記説示のとおりであって、同様に上記助言をもって、クラス替えをすることによって同性愛者であることが他の学生に知られるリスクをA自身が負うべき旨の説明をしたものということもできない。
また、前記認定のとおり、Aは同年7月23日時点では、自己または本件学生のクラス替えを希望していたものの、その後、B教授、相談員D、同級生や弁護士との相談ないしやり取りをする中で、具体的にどのような措置を求めるかについて検討を重ね、同年8月10日にはクラス替えは本件ロースクールに相談していることから、ハラスメント対策委員会に具体的に求める措置としては、クラス替えを除外し、謝罪のみを申し立てたこと、同年8月21日の本件心療内科の受診時においても、大学を休むかクラスを変えるか判断しなくてならないとの心情を述べていることに照らすと、同年8月21日に時点でも、クラス替えを希望しるかどうかについて、最終的な自分の考えを決めることができていなかったものと認められる。
そうすると、Aはクラス替えを希望するかどうかについていまだ結論が出ていない状況において、一橋大学がAの意思いかんにかかわらず、直ちにAまたは本件学生のクラス替えをしなければならない緊急かつ切迫した事情があったとなでは認めがたく、クラス替えをしなかった一橋大学に安全配慮義務違反があったということはできない。
⑵ 控訴人らの、民事模擬裁判及び刑事模擬裁判という必修の科目における安全配慮義務違反の主張に対する判断
ア 民事模擬裁判について
前記認定のとおり、民事模擬裁判は、事前に四回の授業及び打ち合わせ等が実施されるとともに、同年5月8日から同年8月1日までの間、訴状その他の各書面の提出期限等の日程が定められ、学生が当該日程に従って準備をしたうえで、同年8月3日の尋問が実施されることとなっていたものであるから、同年7月24日の時点で、急遽グループ分けの変更を行うことは、事実上極めて困難であったことは推認するに難くなく、これを行わなかったことが一橋大学の安全配慮義務違反に当たるということはできない。
また、前記認定のとおり、B教授は、同年7月28日、Aから、「B先生のメールや、昨日ハラスメント相談員の方と話し、■■さんと話し、自分で考え、とても時間がかかってしまいますが、自分の精神状態を少し分析できたと思います。(中略)どうにか、自分自身の気持ちに区切りをつけることができるように頑張りたいと思います。」とのメールを受信しているところ、当該メールの内容は、Aが多少なりとも精神的安定を徐々に取り戻しつつあることをうかがわせるものであるうえ、民事模擬裁判において、Aは書面作成及び争点整理を担当するAチームの裁判官役、本件学生は尋問及び和解を担当するBチームの被告訴訟代理人役であり、共同で準備を行うことが想定されていなかったことからすれば、AからB教授ないし本件の事情を知る本件ロースクールの職員に対して、民事模擬裁判で本件学生と顔を合わせないようにする対策をとることの希望も出ていない状況において、一橋大学がAまたは本件学生についてはレポート提出で足りることとするなどの措置をとらなかったからといって、安全配慮義務に直ちに違反するものとまで言うことはできない。
イ 刑事模擬裁判について
前記認定のとおり、刑事模擬裁判は2クラス合同で行われ、事前に平成27年7月2日から同月16日までの間に三回の公判前整理手続きが実施された上で、同年8月24日の公判手続きが実施されることとなっていたものであるから、同年7月24日の時点で、急遽グループ分けの変更を行うことは、事実上極めて困難であったことは推認するに難くなく、これを行わなかったことが一橋大学の安全配慮義務違反に当たるということはできない。
また、上記のとおり、B教授は、同年7月28日、Aから多少なりとも精神安定を徐々に取り戻しつつあることをうかがわせる内容のメールを受信しているうえ、前記認定のとおり、Aと本件学生は、当初の配役ではともに同じグループの検察官役とされていたが、その後、Aと本件学生が共同で準備・担当しなければならなくなることを可能な限り避けるため、Aは裁判官役に変更され、同年8月24日当日、裁判官役を担当していたことを考慮すれば、AからB教授ないし本件の事情を知るロースクールの職員に対して、刑事模擬裁判で本件学生と顔を合わせないようにする対策をとることの希望も出ていない状況において、一橋大学がAまたは本件学生についてはレポート提出で足りることとするなどの措置をとらなかったからといって、安全配慮義務に直ちに違反するものとまではいうことができない。
確かに、B教授は、平成27年8月11日、Aの同級生二名から、Aが同月24日の刑事模擬裁判の前には東京に戻ってくるのではないかとの話を聞き、この点も含めて本件学生との面談結果を法科大学院長に報告することによって情報を共有したのであるから、一橋大学は、同月24日よりも前の時点で、Aに対し、同月3日に実施された民事模擬裁判で本件学生と顔を合わせるなどした際の体調等を尋ねるなどの措置をとっていれば、Aからは同日、本件学生を見てストレスとなり、外に行って吐いたことを聞き出すことができ、そうすれば、刑事模擬裁判において、Aが本件学生と接触しないようにするためのさらなる工夫ができたのではないかとも考えられる。しかし、AからB教授ないし本件ロースクールの職員に対して、民事模擬裁判における上記体調の悪化についての報告もない状況においては、一橋大学からAに対してこの点を尋ねることが望ましい義務であって、上記質問をしてこなかったことが安全配慮義務に反する違法なものとまでいうことは困難である。
また、相談員Dは、同年8月3日、Aとの面談において、民事模擬裁判においてAが本件学生を見て外に行って吐いた事実を把握したが、ハラスメント相談室の業務に携わる者は、守秘義務を負い、関係者の名誉やプライバシー保護について特に配慮し、慎重に行動することが要請されている以上、上記の情報を本件ロースクールに直ちに報告しなかったからといって、これをもって安全配慮義務に反する違法なものということはできない。
⑶ 以上によれば、控訴人らの主張はいずれも採用することができない。
3 なお、控訴人らは、当審の口頭弁論の終結後、Aが本件ロースクールの校舎から転落した直後に、教職員が本件ロースクールの学生に対して転落事故についての説明をした事実、及びその事実を一橋大学が隠していた事実並びに、本件転落死について本件ロースクール職員が学生から事情聴取した事実が新たに判明したとして、口頭弁論の再開及び期日指定を求める申立書を提供しているが、Aの本件転落死後の上記各事実の否定によって、一橋大学のAに対する安全配慮義務違反又は環境配慮義務違反の有無に関する上記結論が左右されるものではない。
第4 結論
以上によれば、控訴人らの請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない