
Hitotsubashi Outing Case
in 2015
一橋アウティング事件を語り継ぐ
2016.8.6
提訴
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被害学生A遺族である原告は加害学生Zと一橋大学をそれぞれ提訴(符号:平成28年(ワ)第18926号)した。Z被告に対しては、アウティング行為が人格権ないしプライバシー権等を著しく侵害する行為であるとし、人格権ないし人格的利益を侵害する不法行為(民法709条)として訴えた。一橋大学に対しては安全配慮義務や教育環境配慮義務の不履行について追及し、損害賠償とともに謝罪および再発防止への取り組みを求めた。
一橋大学の主張
原告の主張
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大学側は、アウティングというセクシュアル・ハラスメントの防止対策をしなかった(大学でセクシュアリティやハラスメントに係る講義やガイダンスが行われていなかったことが、本件アウティングを招いた)
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担当教授(B教授)や大学のハラスメント相談室が自死を防ぐ手立てをしなかった
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保健センターの大学医Cやハラスメント相談室の相談員 (以下、相談員D)は、Aのパニック発作や薬の処方などについて知っており、自死の予測ができたのに授業に出ることを防止しなかった
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大学側は事件後、A遺族に対して速やかに情報提供を行わなかった。また、11月に原告および妹と面談した際、事件に関する情報の開示や提供を不当に拒んだ。また、ロースクールの学生に対し、告別式への参列や遺族への接触の禁止を言い渡していた。
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性的少数者も含むハラスメント防止のための啓発に努めている(「ハラスメント防止ガイドライン」)
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具体的なハラスメントを防止するのは現実的に不可能
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突発的な自死を予測するのは不可能
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専門の相談機関も紹介していた (ただしそれは性同一性障害のクリニックで、大学側が問題を正しく認識していなかったことの現れと原告側は指摘)
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恋愛感情をうち明けられて困惑した側として、アウティングするしか逃れる方法はなく、正当な行為だった。
Z被告の主張
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当人の性的指向を暴露することは、性的指向を隠しているもののプライバシーに関する人格的利益を損なうものであり、不法行為に当たる。
原告の主張
Tips
性同一性障害
性同一性障害とはもともと、性自認(自分がどのような性なのかという認識)と身体的性別と一致しないために苦痛や障害を引き起こしている疾患であった。ただし近年、性自認の違和を障害として扱う見方は避けられており、2019年了承(2022年発効)のWHO「国際疾病分類」改定版では旧来の精神障害というカテゴリーから外され、「性別不合」として再定義されている。ただし、性同一性障害はあくまで自身の性をどのように認識しているかに関わる事柄であり、どの性を性愛・恋愛の対象にしているかとは無関係であった。
安全配慮義務
「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間」において、その法律関係に付随して発生するとされる、相手の生命と健康に配慮すべき義務のことである。
最初にこの義務を認めたのは、事故死した自衛隊員に対する国の賠償責任を巡る最高裁判決であり、この安全配慮義務は私企業・官公庁の雇用関係に留まらず、その他の法律関係においても信義誠実の原則に基づき、一般的に発生するものであると解されている。
初等教育のいじめ問題においては、「いじめ行為の発生を予見できたかどうか」及び「いじめ行為を防止するための措置を行ったかどうか」を軸に学校の安全配慮義務が問われることがあり、実際、公立学校教員の安全配慮義務違反から市への賠償請求が認められたケースがある。
2015年4月4日、Xに対して他言しないことを約束してもらった上で、Aから告白されたことを伝えた。Z被告がAの告白をXに告げた理由は、Xが以前からAを「ゲイ」と言ってからかっていたので、それを止めさせるためであった。Z被告はXに「本人はイマイチ受け止めきれていなくてよくわからない状況。俺に昨日告白するまで一人で悩んでいたらしい・・・Aは悩んでいるし、いじるようなことでもないからいじるのはやめてやって欲しい。それを忠告しようと思ってお前にも言おうと思った」と伝えた。Xはそれに対して「了解した」「俺に積極的にできることは何もなさそうだ。告白したことを後悔させることだけはしないように積極的にできることをやるしかないな」と返事をした。以後XはAをゲイなどと言ってからかったりしなくなった。

Z被告
理由はなんであれ秘密にしているセクシュアリティを本人の了解なく暴露することはアウティングとなる。それがたとえ善意に基づく行為であっても同様である。Z被告はAに事前に了承を得るべきであった。
Check Point
・Aの当時の精神状態(裁判資料④)
以下の文章はハラスメント相談室での提出書類(2015/8/8)にて、Aが吐露したものの一部である。
①気持ち
毎日が苦痛です。アウティングされてしまい、どうしようという気持ちや、恨みに思う気持ち、悲しいと思う気持ち、助けてくれる周りの人に申し訳ないと思う気持ち、両親に打ち明けられないという苦しみでごちゃごちゃになってしまうという心境。
②影響、不利益
通常通り学校へ行き勉強することができず、期末試験を受けることができませんでした。■■(Z被告)とは同じクラスなので、同じクラスで声を聞き、姿を見ると吐いてしまいます。病院ではちり紙添付の抗うつ剤、安定剤、睡眠薬を処方されています。勉強が手につかず夜眠ることができない日々が続いています。
③ハラスメント行為の時にどのような対応を取りましたか
アウティング時には、憲法のテストの直前で絶望的な気分にはなりましたが、惚(とぼ)けることしかできず、[メッセージ]と返信せざるをえませんでした。憲法のテストが終わった後、自分が両性愛者であることを暴露された友人のうち一人に話したところ、他の友人三人はすでに■■から私が両性愛者であることを伝えられ知っていました。
④相手の行為をあなたがハラスメントと考える理由はなんですか?
私は限られた人にしか自分が両性愛者であることを伝えていませんでした。どうしても誰にも本当は知られたくない事項を自分の意思を無視して広められてしまい耐え難い苦痛を感じるからです。私のプライバシーが侵害された状態です。
Check Point
これに対して相談員は、「あなた自身が自分のことを堂々とすれば傷つかなくなるよ」と
アドバイスし、「ハラスメントというよりも学生委員会での対応が良い」と業務報告をした。裁判で相談員Dは「ハラスメント相談室の専門相談員の役割は限定的で、ほとんどの事例は自己解決になる」と供述し、原告代理人がAが転落してしまったと知らされた当時のことを質問すると「(亡くなったのは)なんでだろうと思いました」と発言した。

2018.1.15
和解交渉
Reconciliation
原告とZ被告の間で和解が成立(内容については口外 禁止条項により非公開)した。しかし、一方の一橋大学側とは和解が決裂となった。原告代理弁護士はホームページ上で、「もう一方の被告である一橋大学との間では、和解協議の前提となる信頼関係を築くことすらできず、和解は打ち切りとなり証人尋問へ進むことになりました」と説明。同年7月25日から証人尋問が始まり、一橋大学との裁判が続くことを公表した。
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AからZ被告に対する行為に関して
AとZ被告がロースクールの同級生であったことは認めるが、告白前に毎日のように一緒に食事をしていたという主張は否認する。そのため、告白後のAからZ被告への行為は友人関係の域を逸脱したものであった。
原告
告白後のAからZ被告への行為に関しては友人関係の範疇に納まる関りであり、Aの行動は何ら変わりない。

Z被告
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不法行為に関して
①AがZ被告に告白をした際、AはZ被告に自分が同性愛者であることを第三者に明らかにして良いと言っていなかったことは認めるが、AからZ被告に対し、自分が同性愛者であることを誰にも言わないでほしいという話は出ていない。また、②Aは「告白するときに、その人から拒絶され、暴露されることも覚悟していた」と述べている。加えて、③Aが同性愛者であったこと。Aにとって同性愛者であることは、他人に知られたくない私生活上の秘密であったことは認める。しかし、Z被告にとっては突然恋愛感情を告白されたことはZ被告にとって大きなショックであり、Aの告白が真実のことなのか、あるいは冗談で言っているのかはじめは疑心暗鬼であった。かくして、恋愛感情をうち明けられて困惑した側として、アウティングするしか逃れる方法はなく、正当な行為だった。

Z被告
原告
異性愛でない性的指向の者で、かつそれを隠して社会生活を送っているものにとって、自分の性的指向は、人に知られたくない秘匿すべきプライバシー情報である。性的指向を隠すことは、異性愛でない性的指向に対する差別や偏見そして決めつけから身を守ることであり、秘匿することそのものに法律上保護される人格的利益(個人の人格的生存に必要不可欠な利益)が認められる。そのため、当人の了承なくその秘匿を破り、当人の性的指向を暴露することは、性的指向を隠しているもののプライバシーに関する人格的利益を損なうものであり、不法行為に当たる。Aは、自分自身が同性愛者であることを積極的に開示することなく生活しており、できるだけ秘匿したいと考えていた。性的指向は一般に秘匿する権利が認められるプライバシー情報であり、それが秘匿され続けることは平穏な社会生活を送る人格的利益の一部である。被告本人のアウティングはかかる両者の侵害に当たる。
・本件アウティングと自死との因果性に関して
Aの精神的苦痛の内容は「アウティングされてしまい、どうしようという気持ちや、恨みに思う気持ち、悲しいと思う気持ち、助けてくれる周りの人に申し訳ないと思う気持ち、両親に打ち明けられないという苦しみでごちゃごちゃになってしまうという心境」であって、本件アウティングにより秘密を暴露されたことがAの精神的苦痛の内容ではない。アウティングと精神的苦痛の間に因果性が認められない。

Z被告
Aは自死の直前、クラス全体のLINEグループに「■■(Z被告)が弁護士になるような法曹界なら、もう自分の理想はこの世界にない」「いままでよくしてくれてありがとう」などとするメッセージを投稿し、校舎から飛び降り死亡したとしている。本件アウティングと自死との因果関係において、やはりZ被告によるアウティングが大きな傷害を与えていたことが確認できる。
Check Point
・本件アウティングの本質的部分
原告
Z被告がAに対して配慮の言葉を並べながらも、実際にはAとの人間関係が変容したと受け止め、Aのこれまで通りの行動に対してすら「追い詰められている気持ち」になったのであれば、Aの同性愛を特別な異質なものとして差別と偏見に基づく受け止めをしたからである。Aの同性愛を暴露することはAと他者との人間関係を破壊することだと考えるのは、同性愛者が広く一般に受け容れられない存在だという同性愛差別を前提とする行動である。すなわち、差別意識の裏付けである。
Z被告の「追い詰められた気持ち」は、Z被告の内心にある同性愛差別により形成されたものであり、Aからの恋愛感情の告白やAのその後の行動がZを追い詰めたのではない。本件アウティングにおいて、Aにも批難するべきことがある、あるいはAにも帰責性があるとすることは、同性愛差別を肯定するも同じである。暴露により精神的に傷つくだけでなく、他の同級生らにそれが知られて付き合いづらくなることを見越して攻撃手段としてZ被告はアウティングをした。これは一橋大学ロースクールという狭い人間関係の中で、Aから人間関係形成の自由を奪い孤立させるものであり、「いじめ」と同じ構図である。
Z被告は主張を翻し和解に応じた。また、Z被告自身はアウティングの正当性を最終的には否定しているため、本件アウティングが重大なプライバシー侵害であり、不法行為であったことをZ被告自身が認めたと言える。